The Rain Document



最近、俺はついていなかった。
俺は春先から学校の帰り道にプロ野球チップスを1個ずつ買っていた。
毎日のささやかな楽しみだった。
家族はまた買ってきたのかと言いながらも、チップスをパリパリ食う。
しかし、出てくるのは中日ばかりだった。
いくら頑張ってもホークスが出なかった。
7月初旬、第一弾の販売が終了した。
俺はホークス以外の全球団を出すという偉業を打ち立てたのだ。
40〜50個ほど買ったが、ホークスはゼロである。すご過ぎる。
毎日、小さな不幸に出会う。

あの時からおかしいと思っていた。
ポール・マッカートニーのライブ、翌日に期末テスト事件である。チケットを買った後に気づいた悲劇。
チケットには2万円のプレミアがついたが、そんなもん、どうでもよかった。


2003年、7月19日。
いつもと同じ朝だ。今日は終業式である。
朝補習はないので、6時起きだ。
いつもと同じ朝である。いつもと同じ駅へ行き、電車に乗る。
少し遅れてしまい、電車に乗り遅れるも手を挟んでドアを開けた。
今考えてみると、その努力はひどく無駄であり、バカらしいものだった。
いつもと同じ、いつもと同じだった。
しかし、いつもと違うものがひとつあった。
それは昨日の雨だった・・・・・・

ピカッ
「ダァーン!」


近い。
深夜2時、俺は雷に驚き、起きた。
外はこの世の終わりのように雨が降っている。

俺がベスト電器にCDを返すときから、こんな勢いで雨が降っていた。
さすがに降りすぎじゃねえかとは思っていた。

いつもと同じ朝とはいっても、それは俺の家付近の話であって、博多はそうではなかった。
実際、この朝も博多の地下鉄一部運休は知らされていた。
「中洲までどうやって行こう」
という悩みしかなかった。


昨日のベスト電器はCDレンタル半額であった。
Aerosmithの「GET A GRIP」と、Bob Dylanのベストアルバム、映画「I an sam」のサウンドトラックを借りた。
その時、レンタルアップCD(レンタルショップが売り出す、役目を終えたCD)まで半額ということを知り、
Gacktの「月の詩」が100円だったので、俺のと、PunkDrunkerのぶんとで、2枚買ってきた。

それを電車の中でPunkDrunkerに渡した。

「お金は後で払うけ」

まさか、そのお金を、親への連絡のために借りた携帯の電話代で返すとは思ってもみなかっただろう。

彼はCDケースについているシールを真剣な表情で剥ぎ始めた。

「100均でケースぐらい買えばいいやん」
「高い!」


そう言って、黙々と剥いでいた。
何とも平和的な光景だった。


電車は古賀駅(福岡県古賀市)に着いた。
なんか放送があった。しかし、声が低すぎて吸う息の音しか聞こえない。

なんか、結構長く止まっている。

乗っていたおばちゃんの顔が怖くなってきた。
駅員が通った。おばちゃんは駅員に叫んだ。
「あのお!いつ動くんですか!?」
駅員はものすごい事を言った。

「動く見込みはありません」

他の乗客は目を丸くした。

「博多駅は水が膝下まで浸かっており、電車が入れない状況です」

GacktのCDケースのシールを剥ぐ手が止まった。

乗客が続々と電車を降り始めた。
席が空いたので座った。

俺達には定期券しかない。
他の交通手段はないのだ。

PunkDrunkerは携帯で友達にメールを始めた。
俺はそれを借り、親に連絡した。学校に連絡してくれという趣旨だった。

10分後、再び借りて親に連絡して、学校からの返事を聞いた。
8時30分までにそんな状況であれば、また連絡してください。ということだった。

8時30分を過ぎた。電車は動く気配もない。
もう一度、親に連絡した。まだ、動かないという趣旨を伝えた。

そしてまた10分後連絡すると、嬉しい答えが返ってきた。
帰宅待機をしてもいい。帰ってもいいというのだ。

心が躍った。しかし、帰る列車はもちろんない。結局は待つことになった。
その知らせにPunkDrunkerも喜び、親に連絡をした。友達にメールをした。

すると、こんな答えが返ってきた。
「今、終業式を遅らせている。出来れば来てほしい」

どうも先生一人一人でに言うことが違うらしい。
ヘタに休むとヤバい。ということで、俺達は博多に向かうことを決意した。

「まもなく運行を再開します」
と放送があった。それから約10分後、運行開始された。
時間は9時をとっくに過ぎていた。


電車がゆっくり動き始めた。
俺は他の駅は電車を待っているので、人がたくさんいるのではないかと恐れた。
しかし、人はいなかった。みんな諦めて帰っている。
これが、この日のすごさを物語っていた。

博多駅に近づいてきた。
近づくほどに何か雰囲気が違うことがわかってきた。

土砂が崩れ、ガードレールが折れている。
橋の柱に折れた木片がくっついている。


吉塚駅(福岡県福岡市)を過ぎ、博多駅が近づいてきた。
電車内の電光掲示板はまもなく 博多駅と光った。

しかし、長い「ま」だった。

まもなく 博多駅と電光掲示板についたまま、列車は止まった。
また、放送があったが、声が低すぎ。息を吸う音しか聞こえない。

15分後、列車は動き始めた。
俺とPunkDrunkerはかなり変なテンションになっていた。

時間は10時を過ぎた。


なんとか博多駅に着いた。
なんかいつもとホームの雰囲気が違った。
ホームから階段を降り、改札口へ向かう。
改札口に下りる階段の前で人が溜まっていた。

そう。水が溜まっているのだ。
とは言っても、膝下まではない。
靴が隠れる程度だ。

靴の中は諦め、とりあえず、制服の長ズボンを捲くった。
駅内は停電し、真っ暗だった。度々、ピカッと何かが光る。
雷ではない。カメラのフラッシュだ。この光景をカメラにおさめるのほほん野郎だ。

「できるだけ来い、と言うぐらいだから、バスは動いているんだろう」

駅を出ると、タクシー乗り場にすさまじい行列があった。
それを見てバスが動いていないことを悟った。

とりあえず、高校に連絡だ。これでは学校へ行けない。
高校に携帯で電話するのはさすがにマズい。高校は携帯電話禁止である。
公衆電話には行列ができていた。
順番が回ってきた。

俺の生徒手帳から職員室直通の電話番号を探し出した。
「あった!0120-441-222やね」
※注 この電話番号はジャパネットたかたです
PunkDrunkerが高校に電話をかけた。

彼の顔つきが沈痛な表情から無表情に変わっていった。


「特に仕事もないし、来るの無理でしょう。帰っていいよ」

彼はそう言われた。

その後、俺も親に連絡してみると、担任から「王塚君、帰ってきましたか」というふざけた電話を朝の9時に自宅にしてきていたことを知った。
朝の9時。俺達は何をしていたか。それはまた読み返してほしい。


登校。

それは俺達の戦いである。

この戦いはまだまだ続く・・・・・・
退学にならない限り・・・・・・・・・


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