No.11  The Typhoon Document

6月18日。水曜日。
俺が通う、某大学附属大○高校。




朝礼放送で、放送部の少し声が高めの先輩が、このようなことを放送した。

「明日は台風が直撃します。暴風警報、大雨警報が共に発令された場合、臨時休校になりますので、各自確認してください」

俺は今までの経験で「大雨警報」というものはなかなか発令されないことを知っている。
「大雨注意報」は出るが、なかなか「大雨警報」は出ない。
しかも「暴風警報」と同時ときてる。
俺はこの時点で「明日は学校あるな」と思った。

だが、心の奥の方で休みになることを期待している俺がいた。





その日の夕方、「Yahoo!」のトピックスの見出しを見て、心が躍った。

「九州北部に明日にも台風直撃 大雨の恐れ」

確かこのような見出しだったと思う。
台風の衛星写真を見る。

おお、素晴らしい。ずばり直撃じゃないか。
来い台風。カモン台風。
風速40mやって来い。

でも、やはりそれでも「大雨警報」というものはなかなか出ないことはじゅうじゅうわかっている。
やはり明日、学校あるかもしれない。
明日は美術がある。「体育祭のポスター」がまだ描きあがってない。
絵を描くのは面倒だ。でも、進めておきたい。提出は23日だ。

俺は明日に備えて、そのポスター描きに取り掛かった。
俺はやり始めたら熱中するタイプ。
なんか目が痛いと思ったら、2時30分だった。まだ、風呂にも入っていない。
風呂はすでにスイッチが切れていた。生ぬるく濁った水が浴槽に入っていた。
俺はとりあえずシャワーのみで風呂を済ませ、3時に寝た。

明日はいつも通り、朝補習がある。5時に起きなければならない。
目覚し時計を5時にセットする。でも、心の中は明日の「臨時休校」への期待でいっぱいだった。



寝たかと思ったら目覚し時計が鳴る。
2時間睡眠なんてそんなものだ。
かなりだるい。
期待を込めて、窓の外を見る。

なんと晴れ間があるではないか。

俺の心は一気に沈んだ。

でも、まだ希望はある。
空だけ見たってわからない。
「嵐の前の静けさ」かもしれない。
問題は「福岡管区気象台」なのだ。

俺は期待に胸を膨らませ、パソコンのスイッチを入れた。
充血した目でモニターを見る。
Yahoo!の天気情報だ。福岡地方をクリックする。
俺の胸は高鳴っていた。

そして、「警報・注意報」の情報を開いた。
結構量が多い。パッと見て、6件発令されているのがわかった。
俺はテンションがかなり高くなっていた。
そして、充血した目を見開いて、確認した。



暴風警報 波浪警報 大雨注意報 雷注意報 洪水注意報 高潮注意報」



最悪だった。6個も出ているが、やはり「大雨注意報」だった。
気が沈んだ。今日、学校はある。学校はあるのだ。昨日と同じ生活を送るのだ。
往復3時間もかかる登下校時間をこの天気の中、乗り越えなくてはならない。
憂鬱で憂鬱でたまらなかった。

いかにも疲れた感じの表情で制服に着替える。
10秒に1回、「電車止まれ!」と嘆いていた様に思う。
いつも行っている学校なのに、今日は地獄へにでも向かうような心地だった。



6時15分。駅に着いた。
電光掲示板に目をやる。
すると、いつも乗っている列車が「16分遅れ」と表示されている。
正直、嬉しかった。このまま止まってしまえと思った。
遅れは絶対に増える。
実際、着々と増えていった。

誰もが「台風で列車が止まっている」と思った。
しかし、駅のアナウンスでとんでもないことが放送された。


「只今、特急にちりんが人身事故を起こしまして、列車が遅れております」


台風は関係なかった。気が沈んだ。
でも、このままいっそ、台風が直撃して、電車の運行自体止まってしまう可能性もある。
遅れている間に台風が直撃すればいいのだ。でも、予報では直撃は昼前だった。ムリである。

いつも、俺はPunk Drunker(公認同級生)と共に登校している。
改札口付近で見当たらない。ホームにいるのだろうと思い、呼びに行った。
Punk Drunkerともう1人、某公立高校のF高に通う、彦上君(仮名)をホームから改札口前に連れてきた。
改札口前には高校生の数がどっと増えていた。
これは電車が来たら、物凄い混みようになると安易に予想できた。


「遅れ」の増え方が止まった。結局46分遅れだった。電車はやってきたのだ。
思ったとおり、物凄い混みようだった。

バッグが網棚に置けない。
俺はバッグを手で持っているより、股に挟んでおいた方が邪魔にならないと考えた。
考えたというか、実際そうである。手にもっているほうが場所をとる。
下に置いて、それを股で挟んだ。

しかし、これがとんでもない悲劇を招くことになった。

人が降りる。人が乗る。
俺は体だけ流されてしまい、バッグだけ残してしまった。
こうなることで、バッグが他の人々にものすごく邪魔になった。

乗ってくる人々が口々に
「誰や、こんな時にバッグ置いてる奴は!」
「はあ!?何コレ誰!?自己中やなー!」
「うぅわ!バッグがあるっ!」

と聞こえるように言う。
俺にグサグサ突き刺さる。

俺はいつの間にか
「満員電車の中バッグを持つのもだるいので、床に置いているアホ高校生」
という物凄い悪者になってしまっていた。

このストレスは半端じゃない。
いろんな人に睨まれる。何で俺がこんな目にあわなきゃならないのだ。

駅に着く。
人が降りる。
俺が必死でバッグを拾おうとする。
が、また人が乗る。俺がバッグへ伸ばした手は、人と人との間に挟まれて届かない。
そして、また言われる。

「誰だ!このバカは!」

さすがにここまで来ると泣きそうだ。
誰も俺の気持ちなんてわかるはずがない。

俺は必死の思いでやっとバッグを拾うことに成功した。
しかし、拾った瞬間「お前かよ」と言わんばかりの睨みを再び食らいまくった。
胸がキリキリする。人生最悪のひとときだった。

心をギタギタに痛めつけられた俺が、博多駅に着いたのは8時10分。いつもより1時間遅れていた。
朝補習には出ることはできない。とにかく学校へ向かった。

地下鉄に乗り、降りる。外へ出ると雨が降っていた。
用意していた傘を開く。
傘をさして、雨の中、Punk Drunkerと共に高校まで歩く。
そのうち、俺の傘に異常があることに気づく。
俺の頭に盛んに水が落ちてくる。
そう。俺の傘は雨漏りするようなのだ。

もうなんにもならない。意味がない。髪の毛はかなり濡れてしまった。

朝5時に起きて、3時間30分が経過した、8時30分。
やっとの思いで学校に着いた。
Punk Drunkerもくたくただった。



校舎に入り、教室へ向かう。
するとこんな放送が学校中に鳴り響いた。



「えー、校長先生から放送があります。静かに聞くように」



校長先生からの放送は聞こえなかった。




しかし、しばらくして



「イェーイ」「ヨッシャー」「ッオーイ」などの歓声があちこちから聞こえてきた。





俺は自分のクラスへ向かって歩いている。






他の教室を見ると、みんな嬉しそうな表情で目がキラキラしている。









自分のクラスに着く。









自分のクラスも他クラスと同じ状況だ。


みんな俺を見つけてはニヤニヤしている。












そして担任が俺の方に体を向けて、





腕で「×」印を作った。
























いまさら




臨時休校だそうだ。















この時の気持ちはとても文章では言い表せない。

この絶望感。この切なさ。


俺は確かに、臨時休校を願っていた。だが、まさかこうなるとは思わなかった。


俺は腕で涙を拭き、再び地下鉄の駅へ向けて歩いていった。

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